デス・オーバチュア
第122話「星空のイリュージョニスト」




無限に広がる夜の闇と星々の世界。
ルーファスは、そんな世界を文字通り光となって飛んでいた。
「ちっ、光速でこれだけ飛んでもどこにも辿り着かない」
この星々の世界に辿り着いてから、もうかなりの時間を飛び続けている気がする。
一瞬で地上の端から端へ何往復もできる速度、光速で飛んでいるにも関わらず、いまだに景色が代わることも、何かが、誰かが現れることもなかった。
「星界じゃねえ、星界だったら生命が……人間がうじゃうじゃいるはずだ。てことは……景色が星界風なだけの無限空間……閉鎖世界……永久牢獄か?」
誰かを、何かを、永遠に投獄するためだけに作られた果てのない空間、他の世界と完全に切り離された閉鎖世界。
超獣スレイヴィアが封印されていたモノとおなじようなモノだ。
「なるほどね、まんまと罠に填ったわけだ……俺をここに閉じ込めて、その間にタナトスにちょっかいをかけようと……舐めた真似をしてくれる!」
ルーファスは左手にライトヴェスタを出現させる。
「普通の存在なら永久牢獄からは絶対に出られない。何しろ出口がないからなら、壁や世界の果てすらない」
ここに入れられた者にできるのは、この何もない、果てすらない空間で永遠に漂い続けるだけだ。
「例外的な脱出方法は、新たに誰かがこの世界に投獄される瞬間……外から『入り口』が作られる一瞬を待つことだ。もっとも、一つの牢獄に複数の者を投獄するようなせこい奴はあまりいないがな」
ライトヴェスタに物凄い勢いで光輝が注がれ、集束されていく。
「もっとも安全な脱出方法は、世界を斬ること……つまり、空間を斬れる能力が必要だ。それも、自分が生まれた世界の空間を斬る程度のレベルではなく、次元……世界と世界の繋がりを斬れるレベル……ゼノンみたいに何でも斬れる能力か、リンネみたいな次元干渉能力……残念ながら俺はそういった能力は得意じゃない」
ライトヴェスタがどこまでも光輝を吸収し、その輝きを際限なく高めていった。
「だから、乱暴だが閉鎖空間全てを吹き飛ばす! この世界……時空間全体の力の許容量を超えた光輝の一撃で……あはははっ! いつもは世界自体を吹き飛ばさないように馬鹿みたいに気を遣うってのに、今回は世界を壊すことが目的で力を放てるとはな! 笑える皮肉だ!」
ライトヴェスタはすでに地上全土を消し飛ばして余りある程の光輝を溜ながら、なお貪欲にルーファスの光輝を吸収していく。
「さあ、消し飛べ、永劫の牢獄よっ!」
ルーファスはライトヴェスタを振りかぶった。
ライトヴェスタが振り下ろされた瞬間、長時間、溜に溜められ、練りに練られた、限界にまで高められた光輝が一斉に解放されるのである。
もし、地上で放たれれば、地上全土を数度跡形もなく消し去れるであろう一撃だ。
ルーファスは迷うことなく、世界を消し去る一撃を振り下ろす。
「星芒散華(アステロイドスパーク)!」
「へっ?」
ルーファスがライトヴェスタを振り切る直前、無数の光芒(星の光)が全方位から降り注いだ。
光芒は吸い込まれように全てルーファスに直撃する。
そして、光の爆発が閉鎖された世界を埋め尽くした。



静謐なる星々と夜の世界に、錫杖の鳴る音が響く。
「…………」
誰もいない星々の世界に姿を現したのは、禍々しい灰色の鎧とマントを纏った灰色金髪(アッシュブロンド)の髪の幼い少女、ウルド・ウルズだった。
「……殺りましたか?」
星芒散華ごときで倒せる存在とは思っていない。
それでも、限界まで高めた光輝を暴発せたのだ、いくらアレでもただで済むはずがない。
「…………ん?」
彼女以外誰も居ないはずの星々の世界に微かな笑い声が生まれた。
「くっくっ、あれで本気で俺を殺れたと思っているなら、お前も相当おめでたいな」
ウルド・ウルズの目前に突然、目も眩むばかりの光輝が生まれる。
光輝はゆっくりとその輝きを弱め、同時に人の形を形成していった。
「恒星天(こうせいてん)……わたくしの生み出したこの世界が消し飛ぶ寸前の威力だったと言うのに……足りませんでしたか……」
ウルド・ウルズは口元に苦笑を浮かべると、溜息を吐く。
「いやいや、威力は申し分なかったさ。ただな、お前はひとつ根本的なところで間違えているんだよ」
光輝の輝きが完全に収まると、その場には何事もなかったかのようにルーファスが飄々と立っていた。
「……間違え?」
「どれだけの破壊力だろうが、俺が俺の力で自滅するわけないだろうが、ああん?」
「……なるほど、光に光をぶつけても倒せるわけがない……ということですか」
ウルド・ウルズは一人納得したように呟く。
「俺の本質は光、絶対の善という意志を持つ光だ。俺の体は光輝でできている……光輝とは俺の力であり、俺という存在そのものだ」
「つまり、貴方という光輝(存在)は爆発し、一時的にこの世界中に拡散した……ただそれだけのこと……再び集い人型を成せば何の問題もない……と」
「まあ、そんなところだ。お前の放った光芒……星の光だけは少し痒かったがな」
ルーファスはそう言って、意地悪く笑った。
「でしょうね、星芒散華は光は光でも貴方の光とは異質な光……不純物ですからね、食中りにはお気をつけください」
ウルド・ウルズは右手に持っていた錫杖を天にかざす。
「そうそう、申し遅れました。わたくしの名はウルド・ウルズと……」
「それで正体を隠したつもりなら、本当お前はおめでたいな、モリガン」
「んっ……やはり、貴方相手では誤魔化せませんか?」
ウルド・ウルズ改め、モリガンは開き直ったように、とても愉快げで、どこまでも妖艶な笑みを浮かべた。
「当たり前だ、チビガキの姿になっただけで誤魔化せるか。本当に正体を隠したいなら、その極悪な妖気……それに血臭と死臭をどうにかするんだな。お前ら鴉は血と死の臭いが染みつき過ぎているんだよ」
「これでも、マハに比べれば汚れも少ないつもりなのですが……血と殺戮と死者にしか興味がないあの子と違って、わたくしは生者にも興味がありますから……」
「マハ? ああ、死肉を喰らって、死体と死霊を操る気味の悪いあの女か……なあに、要は淫乱症(ニンフォマニア)と死体愛好症(ネクロフィリア)の違いだろう? 変態であることに変わりはない、大差ないさ」
「言ってくれますね……わたくし達姉妹はくだらない倫理に縛られない自由の翼を持つ者……ただそれだけの話です……」
天にかざされた右手の錫杖の先端が煌めきを放つ。
「星芒散華!」
モリガンの言葉を合図に、無数の光芒が全方位からルーファスに襲いかかった。
全ての光芒が直撃し、爆発的な閃光がルーファスの姿を覆い隠す。
「綺麗なだけで脆弱な技だな」
声と共に、モリガンの背後にルーファスが出現した。
「全方位……いや、全包囲攻撃なんて俺に対してはまったくの無意味だ。光芒の一発一発より俺の方が遙かに速いんだからな、隙間やタイミングのコマのズレを見つけて抜けるなんて簡単すぎて欠伸が出る」
「つっ!」
轟音と閃光。
モリガンが振り向きざまに左手の錫杖を振るうのと、ルーファスがライトヴェスタを振り下ろすのはまったくの同時だった。
ライトヴェスタと左手の錫杖が交錯し制止した一瞬を逃さず、モリガンは右手の錫杖を突き出す。
錫杖の先端は槍の穂先のように鋭利に尖っていた。
ルーファスは突きつけられた錫杖の先端を右手の指でつまむようにしてあっさりと受け止める。
「そのままでいいのか?」
「っ……」
「そのままでいいのかと聞いてる、お前も槍もな」
「……つっ!」
モリガンが後退すると、ルーファスの指に掴まれていた錫杖の先端が外れた。
そして、赤き長槍が姿を現す。
さらに、もう一つの錫杖も全体の三分の一ほどが外れ、黄色い小槍と化した。
「赤槍(ガ・ジャルグ)に黄槍(ガ・ボー)か……そんなチビガキな体で使いこなせるのか?」
「心配無用です」
モリガンは言い終わるより速く右手の赤槍を突き出す。
ルーファスは最小限の動きでその一撃をかわした。
モリガンは休むことなく、続けざまに赤槍を突きだし続ける。
「で、モリガン、一応確認するが、お前はあいつと契約したのか?」
ルーファスは、モリガンの巧みな槍術を軽やかな動きで余裕で回避し続けていた。
「ええ、正確にはマハが行った契約……わたくしは少しばかりの手助け……この恒星天に貴方を招く……それ以上するつもりはなかったのですが……」
「ほう、それにしてはなかなか見事な不意打ちだったじゃねえか」
モリガンとルーファスは、戦闘を続けながら会話する。
「貴方が世界を破壊し尽くす程の力を高めていたので、暴発させたら面白いかも……と、試してみたくなりました……それだけです」
「面白い? この俺を倒せるかもと思ったわけだ」
「…………」
モリガンは突き一辺倒だった攻撃に、斬りと払いを織り交ぜ、攻撃の多彩さを増した。
「ふん」
今までは最小限の体捌きだけで避け続けていたルーファスも流石に避けきれなくなったのか、ライトヴェスタで時折、槍を打ち払いだす。
「時間稼ぎか? それがお前とあいつの契約か?」
「さて、それはどうでしょう」
槍の繰り出される速度が際限なく増していき、常人の目には見えない域にまで達した。
「いつまでもつきあってられるかっ!」
ルーファスのライトヴェスタが一瞬激しく光ったと思うと、轟音と共にモリガンが弾き飛ばされる。
「無意味なんだよ。お前がどれだけ槍術の達人だろうが、俺の光速の剣の前にはな」
「光速剣……全ての技術が無意味になる絶対の速さ……」
モリガンはかなり吹き飛ばされながらも、無傷で星空に浮いていた。
もっとも、この星空の世界自体、上下の区別も、足場の有無もなく、浮いてるのか、立っているのかもあやふやな空間である。
「無傷とはたいしたものだな、受けきったのか?」
ルーファスは星空を『歩いて』、モリガンにゆっくりと近づいていった。
「貴方が相手では……この破魔の槍ガ・ジャルグも、不治の槍ガ・ホーもあまり有効ではなさそうですね……少なくとも単体では……」
「あん?」
モリガンが二本の槍の柄先をぶつけ合わせると、二本の槍は連結し、両先端に穂先を持つ一本の長槍と化す。
「二槍一旋(にそういっせん)……橙槍星輪(とうそうせいりん)エトワールオランジュ!」
凄まじい輝きを放つ橙色の巨大車輪がモリガンの手から解き放たれた。
「ちっ!」
次の瞬間、巨大車輪はルーファスの眼前にある。
橙色の閃光の爆発がルーファスを呑み込んだ。




「……橙槍星輪エトワールオランジュ……相変わらず見事な秘技だね……」
入り口も出口もない無限の星々の世界に、赤い鴉が降り立った。
赤い鴉……全裸に真紅のコートを羽織っただけの少女は、灰色の鴉たる姉の傍に歩み寄る。
「マハ……遅いですよ……」
モリガンは星々の世界の彼方から戻ってきた橙色の巨大車輪……双刃の長槍をを軽々と小さな右手で受け止めた。
「うん……ちょっと予定外のに捕まった……」
「まあいいです……とにかく、後は任せましたよ。本来、わたくしの協力は恒星天を提供するだけのはずですから……」
「後? 後も何も……あっ」
マハの見ている前で、突然飛来した何かが姉モリガンを貫く。
「……こういうことです……では、精々頑張りなさい……」
モリガンの胸に突き刺さっていた白銀の剣が黄金の閃光を放ち、彼女を跡形もなく消し飛ばした。
後には美しき白銀の剣だけが残る。
「ちっ、影か……」
白銀の剣は独りでに回転し、天高く飛んでいった。
そして、主人たる青年の手へと収まる。
「たく、この俺ですら回避も防御も不可能……不可避なる死か……こんな短時間に二度も再構築するはめになるとはな……」
白銀の剣の主人たる青年ルーファスは不愉快げに眼下を見下ろしていた。
橙槍戦輪エトワールオランジュ。
その速度は限りなく光速。
破魔の赤槍の力によって、あらゆる魔力を無効化し、黄槍によって永遠に癒えぬ傷を与える……相手に高速回避も魔術防御も許さない完全無欠な技だ。
それ以前に、橙色の閃光の爆発力はまるで星の爆発のごとし、計り知れない威力を持つ。
橙色の閃光の爆発は、ルーファスすら跡形もなく一度は吹き飛ばした。
「たく、これじゃまるで俺が弱いみたいじゃないか……」
滅ぼされてこそいないが、こんな短時間に二度も体を跡形もなく破壊され……つまり『倒されている』のである。
ルーファスにとって許し難い屈辱だった。
「……で、メンバーチェンジってわけだ? 悪いが思いっきり八つ当たりさせてもらう……構わないな、マハ?」
「……できれば遠慮したい……」
「遠慮するな、姉妹だろう? 姉の罪の罰を代わりに受けるのも一興だろう」
「……罪……?」
「俺を二度も殺した……こんな重い罪を背負える奴はなかなかいない」
ルーファスは意地悪げな笑みを口元に浮かべる。
「……で、罰の内容は……?」
「一回百億……合わせて二百億回……死ねっ!」
「……遠慮する……カード展開……」
「遠慮するな、今ならサービスでもう百億回殺してやるよ!」
「召喚! 不敗の剣クラウ・ソラス」
ルーファスが斬りかかるのと、マハがカードを武器化するのはまったくの同時だった。















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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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